一般的な金融商品の販売に関する被害
現在、証券会社では様々な種類の金融商品を販売しております。
それらの中には、株式や債券といった単純な商品から、それらを基に組成された金融派生商品(デリバティブ)まで様々なものがあります。
これらの商品の中には大きなリスクを含む商品もあり、リスクの説明を十分受けずに購入した投資家が思わぬ損害を被り、証券会社とのトラブルとなるケースは数多くあります。
こうしたケースにおいては、以下のような行為が問題となります(なお、実際のケースにおいては、複数の行為が問題となります)。
(1) 説明義務違反
ア 金融商品に関する説明義務
現在取引されている金融商品は、様々なスキームを組み合わせて組成された複雑なものであり、一般市民には金融商品の仕組みや生じ得るリスクを把握することが難しくなっております。
金商法は、金融商品取引業者に対して、一定の書面の交付に関し、あらかじめ、顧客に対して、「顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的」に照らし、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明を行うことなく金融商品取引契約を締結する行為を禁止しております。
この規制は金融商品取引業者が業務を行う際に課される規制ですが、一般的には、顧客と業者との契約上の義務として、同様の義務があると解されており、当該義務に違反する行為については、損害賠償が認められております。
イ 裁判例
・大阪地裁平成22年3月26日判決
この事案は、株式会社である原告が、「ノックインプットオプション付エクイティ・リンク債」(元本1億円)等の金融商品を被告から購入したところ、同商品のリスクについて被告担当者から十分に説明を受けなかったこと等を理由として、被告に購入額と回収額との差額を請求したものです。
この事案で問題となった「ノックインプットオプション付エクイティ・リンク債」とは、以下のような商品構造を有しています。
①10億円の元本を想定し、1億円ずつ10銘柄の株式に投資すると仮定し、1銘柄でも株価が一定の価格を割り込めば損失の計算対象となり、3年後までに株価が基準価格に回復していなければ損失として確定する。
②損失の範囲は元本に限定される。
③損失の有無に関わらず、年10%以上のクーポンがつく。
④市場での転売は出来ず、被告に対して被告の算定する価格で買取りを求めることが出来るに過ぎない。
こうした商品構造を見て、一般投資家が、直ちに年10%以上の利回りがノックインプットオプションと10倍のレバレッジをかけたポートフォリオに支えられており、その代償として株価下落の際には元本を喪失するようなリスクが発生すると理解することは極めて困難と言えます。
したがって、こうした商品の販売にあたっては、十分な説明義務が尽くされなければならなかったと言えるでしょう。
そもそも、このような複雑でハイリスクな商品を一般の投資家に売却すること自体適合性原則に反するという指摘もあるところです。
(2) 顧客の意向に反する取引
ア 適合性の原則
金融被害の類型の一場面として、安定的に自己の資産を運用したいという意向に反して、自らの投資目的に適合しない(リスクの高い)金融商品の運用を勧められ、結果として思わぬ損失を被い、トラブルになるケースが挙げられます。
金商法は、金融商品の販売に際して、「顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘」を行ってはならないとして(法40条1号)、いわゆる適合性の原則を定めております。
この適合性の原則は、
①金融業者は当該顧客の置かれた状況に応じて勧誘を行わなければならない(広義の適合性原則)という意味の他に、
②ある特定の利用者には、いかなる説明を尽くしても一定の商品の販売・勧誘を行ってはならないという意味(狭義の適合性原則)が含まれていると解されております。
適合性原則は公法上の業務規制ですが、同原則から著しく逸脱した勧誘行為は、不法行為法上違法となり、金融商品取引業者に対して損害賠償請求が認められる可能性が有ります(最高裁平成17年7月14日判決)。
ただし、取引業者側からの過失相殺の主張も広く認められている点に留意する必要が有ります。
イ 裁判例
・大阪高等裁判所平成20年6月3日判決
この事案は、約3億円の資産を有する原告(歯科医師の免許を保有)に対して、株価の変動リスクや為替リスクの高い投資信託商品等の購入を勧誘し、結果として約4000万円の損害を負わせたというものです。
判決は、原告が歯科医師の免許を有することや3億円の資産を有していたという事情は、原告が投資経験や投資意向に注意を払わないまま原告の意向に反して本件商品を勧誘したことを正当化するものではないと判示し、取引業者の適合性原則違反を認めました(ただし、原告にも取引業者のブランド力を過信し軽々に取引に応じた点に過失があるとして、4割の過失相殺が認められました。)。
(3) 不当な勧誘行為
ア 断定的判断の提供
取引業者の使用人が「この株は○○円まで確実に上がる」等という判断を投資家に提供して勧誘を行い、その判断に従って株を購入したところ、予想に反して株価が下落し損害を被ったというケースが典型的です。
イ 裁判例
大阪地方裁判所平成19年1月30日判決
この事案では、被告担当者が原告に対して「国会議員も買っている」「仕手グループが株価操作をしている」等と言って株式を購入させ、株価が下落した時には、
「今売れば損ですから、持ってください。必ず上がりますから。もうしばらく持っていてください。」
「買ってください。必ず株価操作をやりますから。」等と言って売買を継続させましたが、この行為が断定的判断を提供したものと認定されました。
商品先物取引に関する被害
商品先物取引とは、商品取引所の取引員を通じて、農産物や鉱工業材料等の商品を将来の一定日時に一定の価格で売買することを現時点で約束する取引です。
通常、将来の一定日時が到来するまでに反対の契約を行い、当初の契約を相殺して差金を授受することにより取引を決済します。
先物取引は、取引の担保金として証拠金を商品取引員に預けて取引を行う、いわゆるレバレッジ取引であります。
そのため、少ない資金で大きな利益を得ることができる半面、大きな損害が発生する恐れも十分にあります。
また、一般的な金融商品の販売の場合と同様、顧客の意向に反する取引の勧誘や、明らかに過大な取引が行われる等の問題もあります。
未公開株に関する被害
未公開株に関するトラブルは、金融商品取引業者を騙る者や非上場会社の役員を名乗る者から、「上場予定があり、上場時には値上がりが確実である」等と言って未公開株の購入を勧められ、購入した後に証券取引所に問い合わせると「上場予定がない」と言われる、或いは、発行会社自体が架空であることが判明するというケースが多くあります。
上場予定のない株式を上場するかのように言って売却する行為は、詐欺に当たる可能性の高い行為であり、購入した者は勧誘者に対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることが可能です。もっとも、実際に販売者から株式売買代金を回収することは困難であることが多いです。
また、仮に上場の予定が真実であり、資格のある者から勧誘を受けた場合でも、将来の株価の変動を予測することは極めて困難であり、「値上がりが確実である」等という断定的判断を提供して勧誘することは禁止されています。
外国為替証拠金取引(FX取引)に関する被害
FX取引は、外国為替取引を証拠金によって行うものであります。
したがって、為替変動リスクとレバレッジ・リスクの二つの大きなリスクが挙げられます。
FX取引は、差金決済を予定している点で、先物取引に共通する賭博性を有しますが、平成22年現在では金融先物取引法が整備されており、同法の登録を受けた業者との間で法律に従って取引を行う限り、適法な取引であると考えられます(ただし、極めて高いレバレッジを設定し、少ない試算で多額の利益を得ることは、賭博の効用に他ならないと考える見解もあります。)
現在、FX取引では、以下のような点が問題となっております。
- 顧客資産の分別管理体制が不十分である
金融先物取引業者は、顧客から預かった資産について信託契約等により自己の資産と分別して管理する義務があります。
しかし、この義務が果たされていないと、業者が経営破たんした時に顧客の財産も弁済に充てられてしまい、顧客は大きな損害を被ることになります。 - 決裁システムのトラブルによる損害
為替相場が変動した場合にそのまま決済して大幅な損失が発生することを防ぐため、一定割合の証拠金が毀損した段階で自動的に決済される仕組み(ロスカット・ルール)があります。
しかし、このロスカット・ルールが適切に発動せず、不測の損害を受けることがあります。
ロコ・ロンドン貴金属取引に関する被害
「ロコ・ロンドン貴金属取引」とは、顧客が業者に「預託保証金」を支払い、ロンドン渡しの金を売買したのと同様の地位を取得し、任意の時点で当該地位と反対の取引をして、それにより生じる観念上の差損益について差金の授受を行う取引です。
金の現物を買主である顧客に交付することは当初から予定されておらず、業者も市場との間で金を購入することもありません。
しかしながら、業者が市場外である取引を行ったと仮定し、それにレバレッジをかけた取引を任意に作出できるとすることは、外国為替証拠金取引に対する規制を空文化しかねませんし、そもそもこうした取引自体、金の相場という偶然の事情によって財産の得喪を争う賭博行為に他なりません。
したがって、「ロコ・ロンドン貴金属取引」或いはこれに類する取引はその存在自体違法であり、公序良俗違反であると考えます。
出資に関する被害
「ある事業に出資をすれば何倍にもなって戻ってくる」「元本は保証される」等という言葉で一般市民から金銭を集めるものの、実際は事業を行っておらず、集めた資金は別の用途に使用される等しており、返還を巡ってトラブルになるケースがあります。
出資金、預かり金等いかなる名目を問わず、元本を保証して金銭を預かる行為は「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」(出資法)に違反する行為であり、民事上無効であると考えられます。
また、当初から事業を行う意思が無いのに事業を行うと言って金銭を集めること、及び事業が継続不能となった段階で事業資金に充てる意思が無いのに事業資金の出資を求めることは詐欺に当たり、不法行為が成立します。
社債に関する被害
社債は、低金利の時代にあって、預金よりも高い利回りを安定して受け取ることのできる商品と考えられております。
しかし、法的には会社に対する金銭の貸付ですので、会社の業績悪化により債務不履行(デフォルト)となるリスクがあります。
また、株式と比べて中途売却が困難であるという流動性リスクもあり、預金と同じような安全性を有する商品でない点には注意する必要があります。
株式会社マイカルが発行した社債が、同社の民事再生手続申立てによって元本を下回る償還しか受けられなかった問題に関して、近時、社債を販売した証券会社が上記デフォルトリスク及び流動性リスクの説明を十分にしなかったことが説明義務違反と認定され、損害賠償が認められた事例があります(大阪高裁平成20年11月20日判決、東京高裁平成21年4月16日判決、名古屋高裁平成21年5月28日判決)。