第1 虚偽記載等のある有価証券報告書の提出者の賠償責任
有価証券報告書(以下、「報告書」といいます。)に虚偽記載等があった場合、法は一定の要件の下に、損害賠償請求を認めています。
法律上は、
1)株主が報告書の公衆縦覧期間中に募集又は売出しによらないで株式を取得したこと
2)株主が虚偽記載等を知らなかったこと
が要件とされています。
もっとも、損害賠償請求ですから、損害を被っていることが大前提となります。
したがって、
3)株主に損害が生じていること
も要件となります。
この「株主に損害が生じているか」「生じているとしてその額はいくらか」ということは、株主の保護にあたって重要な事項である反面、価値が時によって変動する株式の性質上、簡単に判断できるものではありません。
そのため、実際の事件でも頻繁に争われています。
そこで、この点について、ライブドア株式一般投資家訴訟判例(東京地判21年5月21日)を参考に、ご説明致します。
第2 株主に発生した損害
報告書へ秘密裏に虚偽記載等がなされた場合、市場はその会社を実際よりも過剰に評価してしまいます。 そうすると株価は上昇するので、その時に株式を取得した株主は、本来株式取得に当たって支払うべき代金よりも高い代金を支払って株式を取得したことになり、過剰になっている価格分の損害を被っていることになります。
もっとも、虚偽記載等が公になる前に株式を売却した場合は、まだ株式が過剰に評価されている時に売却したことになります。
そうすると、売却価格も過剰であるといえます。したがって、このような株主は実際には損害を被っていないと言わざるを得ません。
この点につきライブドア事件判例も、
「本件有価証券報告書の提出後にライブドア株式を取得した原告らは、潜在的には、当該株式の取得時点において、本来あるべき市場株価と現実の市場株価(取得株価)の差額(取得時差額)相当の損害を被ったということができる。」
「本件有価証券報告書の虚偽記載等により生ずべき、ライブドア株式取得時における本来あるべき市場株価と現実の市場株価との差額は、当該虚偽記載等が明らかになるまで現実化、顕在化せず、本件有価証券報告書の提出後にライブドア株式を取得した原告らも、当該虚偽記載等が明らかになるまでは、当該虚偽記載等の影響による減価がない市場株価で処分することが可能であったと認められるから、当該虚偽記載等が明らかになるまでは、当該原告らには、賠償を受けるべき損害は未だ生じていなかったというべきである。」としました。
つまり、株式取得時点で株主には潜在的な損害が生じるが、このうち、虚偽記載等が明らかになる前に株式を売却した株主には賠償を受けるべき損害が生じておらず、虚偽記載等の公表後に売却した株主又は株式を保有し続けている株主にのみ賠償を受けるべき損害が生じているとしました。
第3 損害額の推定
株主に損害が生じたとしても、具体的な損害額は必ずしも明らかではありません。
先ほど述べた、「本来株式取得に当たって支払うべき代金」を算定することは非常に難しいからです。
そのため、法は
①虚偽記載等等の公表がされたこと
②その前1年以内に当該株式を取得したこと
③公表日において引き続き当該株式を所有していること
を要件として、損害額を推定する規定を設けています。
このうち、①については、どのような場合にこれが満たされるのか必ずしも明らかではありません。
以下、若干特殊な場合にこれらの要件が満たされるのか、
ア)公表対象 イ)公表の主体 ウ)公表の方法に分けて、ご説明します。
ア 公表される事実
虚偽記載等は一度にそのすべてが公表されることは稀で、徐々に明るみになっていくことがむしろ多いと言えます。
このような場合でも、ある段階で、虚偽記載等の公表があったとされる可能性は十分あります。 すなわち、ライブドア事件判例は「本来記載すべきであった真実情報が全部公表された場合に限らず、虚偽記載等等による誤った市場の当該有価証券に対する評価を解消するために必要な程度の事実の公表があった場合」には、①が満たされ得ると述べています。
イ 公表の主体
また、虚偽記載等の事実は、有価証券報告書提出者が公表するとは限りません。
外部的な調査の結果、虚偽記載等が判明し、その調査を担当した者が公表することもあります。
このような場合でも虚偽記載等の公表があったと認定される可能性が十分あります。
ライブドア事件判例は、「「虚偽記載等等の事実の公表」の主体は、その者が、過去の虚偽記載等等を訂正する公表を行った場合に、市場参加者がその公表を合理的なものとして信頼して投資行動を行うことが期待できる地位にある者でなければならない。
したがって、「虚偽記載等等の事実の公表」の主体である「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」とは、有価証券報告書等の提出者の業務又は財産に関して、法令上、報告聴取、検査、調査等の権限を有する者をいうものと解するのが相当である。」としました。
そして、検察官はこの要件を満たし、公表主体に当たり得ると述べています。
ウ 公表の方法
このように外部の機関が虚偽記載等を公表する場合、マスコミ等を通して公表を行うケースが見られます。
このような場合でも虚偽記載等の公表に当たり得ます。
ライブドア事件判例は「虚偽記載等等の事実の公表」の方法は、特定の手段に限定がされておらず、「多数の者の知り得る状態に置く措置がとられたこと」で足りる。
そうだとすると、検察官が公表の主体である場合には、検察官が報道機関に開示した事実が報道されるなどして、多数の者が当該事実を知り得る状態になれば、当該「公表」に当たるというべきである。」と述べています。
そして、検察官が報道機関を通して虚偽記載等を公表したことをもって、①が満たされるとしています。
第4 推定損害額
上記①ないし③の要件を満たす場合、
法は
ア)公表日前1月間の当該株式の市場価額の平均額から
イ)当該公表日後1月間の当該株式の市場価額の平均額
を控除した額を損害額と推定します。
ライブドア事件判例では「当該公表日前1月間(平成17年12月18日から平成18年1月17日まで)の東証マザーズ市場の取引日におけるライブドア株式の終値平均額は720円、当該公表日後1月間(同月19日から同年2月18日まで)の同市場の取引日における同株式の終値平均額は135円であるから、その差額585円(720円-135円)が、同項により推定されるライブドア株式1株当たりの損害額となる。」とされました。
第5 相手方の立証又は裁判所の裁量による減額
もっとも、市場における株式の価格というのは、色々な要素の影響によって決まるものです。
つまり、虚偽記載等以外の事情によって株価が変動していることも十分考えられます。
このような場合、法は公平の観点から、被請求者がこのような他の事情による損害額を証明することを要件として、損害額の減額を認めています。
また、その証明が極めて困難であるときは、裁判所がその裁量によって、相当な額の損害を認定するとしています。
ライブドア事件判例では、ライブドアに対する強制捜査の開始、代表者の逮捕、上場廃止のおそれがあるとされたこと等が株価下落に影響を与えたと推認されるとして、裁判所は裁量によって1株当たりの損害を200円と認定しています。
第6 損害額が不明な場合の損害額の算定
上記①ないし③の要件を満たす場合は先ほど述べたように損害額が推定されるのですが、これらを満たさない場合は推定を受けられません。
例えば、虚偽記載等の公表時より1年を超える前の時点で株式を取得した株主は②の要件を欠いており、このような場合、株主の側で損害額を証明しなければならないのが原則です。
しかし、法は、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所が、裁量によって相当な損害額を認定することができるとしています。 したがって、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」に該当すると判断されれば、裁判所による損害額の認定を受けられます。
ライブドア事件判例では、虚偽記載等の公表より1年を超えて前の時点で株式を取得した株主について、上記算定を行い、1株当たりの損害額を200円と認定しました。 したがって、結果だけを見れば、公表の前1年以内に取得したか、それより前に取得したかで、裁判所が認める損害額は変わらなかったと言えます。
第7 請求の相手方
以上のように株主は、一定の要件の下に虚偽記載等のある届出書の提出者に対し損害賠償を請求できますが、その他に、提出会社の役員、又は監査証明をした公認会計士若しくは監査法人に対しても、損害賠償を請求できます。もっとも、相手方が誰かによって要件及び損害額の算定方法が若干変わってきます。