某警察署の生活安全課の警察官は、事情の確認の為の電話をした私に対して、「大騒ぎするほどのことではない」と、木で鼻をくくるような対応を取られました。
私としては、生活安全課の警察官の認識こそが極めて問題であると考えています。
本当に、「大騒ぎするほどのことではない」事態なのでしょうか。
経緯は以下のとおりです。
1 依頼者より私に対して、子どもがいなくなった、父親が連れ出したらしいと連絡がありました。当時の状況としては、依頼者が、精神的DVを受けているとして、家庭裁判所にも住所秘匿の申立をしている状況で、依頼者の話によれば、住所を秘匿している場所から、子どもがいなくなった、父親が連れ出したらしいという話でした。
2 私は、そのような状況の中で、警察に対して、事情を説明し、事実関係の確認をお願い致しました。生活安全課の警察官の話によると、従前から依頼者夫婦については、お互いに警察に相談しており、担当警察官は、お互いの話を聞いていたという事情があります。当日の状況を確認したところでは、母親の外出中に、子どもが父親に会いたいと電話をしたことから、父親が子どものところ(住所を秘匿している場所)に行って、子どもを連れ出し、そのまま警察署まで連れて行ったというものです。連れ出した父親は、警察署で事情を説明し、担当した警察官は、子どもが父親と遊びたいと言っていることもあって、父親の下で暫く遊んでから、母親の下に帰るようにと指示をしたというものです。その後、慌てて警察に連絡をした母親は、警察官から、父親の下にいるから迎えに行くようにと指示されました。その後、実際に、母親が子どもの父親のところに迎えに行くと(精神的DVを訴えている母親に、父親の下に迎えに行かせることが適切であったかについても疑問があります。)、子どもが居たいと言っているという理由で、子どもを、その場では返してもらえませんでした。子どもが母親の下に戻ってきたのはその翌日のことです(父親は少なくとも一週間は居させると、その場では言っていました。)。
3 警察官の現場の判断ですから、その指示自体を責めるつもりはありませんが、本件では、夫婦関係調整調停が行われている最中であり、その中で、面会交流についての話合いも行われていました。調停の中で、相手方弁護士同席の下で、面会交流を行うとの合意が出来ていたのですが、面会交流の直前になって、相手方代理人弁護士が「面会当日、立会人としての職責を全うできないと考える事情が発生」したとして、代理人弁護士が辞任するという事態が生じています。後に確認したところでは、父親は、試行的面会交流の席上で、子どもの連れ去りを図っていたようです。
4 そのような状況の中で、今回の事件が発生しました。私が、子どもがいなくなった、父親が連れ出したらしいと連絡を受ければ、「大騒ぎ」せざるを得ない事態であると判断したことは、極めて真っ当なことであると認識しています。ところが、生活安全課の警察官は、「子どもが父親と会いたいと言って離婚が成立していない段階で、共同親権状態である父親の下にいることの何が問題なのか。」と木で鼻をくくるような対応をとり、「弁護士先生でいらっしゃれば当然分かるはずでしょう。」などと、私を馬鹿にしたような対応をとられています。
本件に関する警察官の認識には明らかな誤りがあると思っています。そもそも、調停継続中に、一方親権者が、事実上監護を行っている他方親権者の同意なく、監護状況を変更させる虞のある行為を「大騒ぎするほどのことではない」と認識している点は、極めて問題です。担当警察官は、僅か8歳の子どもが、「子どもが父親と会いたい」と言っていることを過大視しているように思えますが、仮に、「子どもが父親と会いたい」と言っている理由として、万が一にも母親からの虐待が考えられるのであれば、直ちに、児童相談所に通報すべきではないでしょうか。少なくとも、そのような対応が取られなかったことからすれば、警察は母親からの虐待は疑っていなかったのだと思います。
監護に関する事項は、最終的には、家庭裁判所の判断に委ねざるを得ないと考えています。しかしながら、家庭裁判所の判断が出ていない段階で、一方親権者が事実上監護を行っている他方親権者の同意なく、監護状況を変更させる虞のある行為を「大騒ぎするほどのことではない」と生活安全課の警察官が認識していることは、極めて由々しき事態であると私は考えています。
非監護親が自己の希望する面会交流が実現できないことを悲嘆し、無理心中を図る可能性も否定はできないのです。警察官の認識としては、共同親権状態にある間の子どもの連れ去りは誘拐に当たらないから、問題がないという認識のようですが(なお、非監護親が監護親の元から子を連れ去ったことについて、未成年者略取罪の成立を認めている判例として、最判平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁。)、本当に「問題はない」、「大騒ぎするほどのことではない」のでしょうか。
私は、警察官の見識こそ、改めるべきであると思います。
(参考)今井功裁判官の補足意見 最判平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁 裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。 私は,家庭内の紛争に刑事司法が介入することには極力謙抑的であるべきであり,また,本件のように,別居中の夫婦の間で,子の監護について争いがある場合には,家庭裁判所において争いを解決するのが本来の在り方であると考えるものであり,この点においては,反対意見と同様の考えを持っている。しかし,家庭裁判所の役割を重視する立場に立つからこそ,本件のような行為について違法性はないとする反対意見には賛成することができない。 家庭裁判所は,家庭内の様々な法的紛争を解決するために設けられた専門の裁判所であり,そのための人的,物的施設を備え,家事審判法をはじめとする諸手続も整備されている。したがって,家庭内の法的紛争については,当事者間の話合いによる解決ができないときには,家庭裁判所において解決することが期待されているのである。 ところが,本件事案のように,別居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り,自らの支配の下に置くことは,たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,実力を行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視し,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。近時,離婚や夫婦関係の調整事件をめぐって,子の親権や監護権を自らのものとしたいとして,子の引渡しを求める事例が増加しているが,本件のような行為が刑事法上許されるとすると,子の監護について,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは,子の生活環境を急激に変化させるものであって,これが,子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。 私は,家庭内の法的紛争の解決における家庭裁判所の役割を重視するという点では反対意見と同じ意見を持つが,そのことの故に,反対意見とは逆に,本件のように,別居中の夫婦が他方の監護の下にある子を強制的に連れ去り自分の事実的支配下に置くという略取罪の構成要件に該当するような行為については,たとえそれが親子の情愛から出た行為であるとしても,特段の事情のない限り,違法性を阻却することはないと考えるものである。