弁護士の最所です。
8月7日に、京都地裁で、自己の逮捕歴が検索結果に表示されることに対して、表示の差止を求めた裁判の判決の言い渡しがなされたとの報道がありました。
(参考:日本経済新聞社)
私自身、判決文を読んだわけではないので、以下は、報道を前提としての私の考えです。
今回の裁判では、検索結果の表示の差止が求められていましたが、前提となる犯罪歴の公表そのものに対する不法行為の成否と検索結果の表示に対する差止の可否とは、一応分けて考える必要があります。以下では、犯罪歴の公表そのものに対する不法行為の成否について検討します。
一般に、その表現行為に公益目的がないと認められない限りは、記載内容が真実であれば名誉毀損の成立は否定されます。そのため、現実に逮捕された人について、その逮捕されたという事実を明らかにすることそれ自体を、直ちに名誉毀損ということは困難です。
もっとも、たとえ犯罪を行った人であったとしても、自らの犯罪歴をみだりに公開されない権利を有していますので、自らの権利が「違法に」侵害された場合には、人格権に基づき、当該行為の差止を求めることができるということは裁判上も認められています。
この点については、最高裁昭和56年4月14日第三小法廷判決の判示内容が参考になります。
同判決では「前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は、人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する」と判示されています。
また、上記判決における伊藤正己裁判官の補足意見では「他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであっても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。」と述べられており、プライバシー権の侵害が不法行為に該当することがあることも明示されています。
このことからも、過去の犯罪歴が、いわゆるプライバシー権の一内容に含まれることは現在ではほぼ争いはありません。
では、どのような場合であれば、「みだりに公開」されたとして、犯罪歴の公開が「違法」となり差止が認められるのでしょうか。
この点については、最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決、いわゆるノンフィクション逆転事件判決の判旨が参考になります。
この判決では、「ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要する」とし、具体的には、「ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべき」とされています。
端的にまとめると、犯罪歴の公開が「違法」となるか否かについては、①行為者の犯罪後の生活状況、②事件それ自体の歴史的、社会的意義、③当事者の属性等の事情を考慮し、④敢えて実名を使用する意義や必要性があるかといった観点を総合的に判断することになります。
今回の盗撮のようなケースでは、犯罪を行った者が単なる一私人で(③)、現在、平穏な生活を行っており(①)、殊更その特定個人のみを取り上げる社会的意義がなくなった(不起訴となったり、刑の執行を終えて相当期間が経過した場合等。)(②)と判断されるような場合には、格別実名を使用しなければ、表現行為を行う意義が失われてしまうという特別の事情でもなければ(④)、違法と判断されることになるのではないかと思います。
ところが、今回のケースでは、未だ執行猶予期間中であり、刑の言い渡し自体、その効力が失われていません。
とすれば、少なくとも、刑の執行を終えて相当期間が経過したとまでは言えない段階であるという事情を考慮すると、公表に社会的意義が失われたとまではいえず、実名の公表が直ちに違法と判断されるレベルにまでは至っていないのではないのではないでしょうか。
そういった意味では、判決の言う「小型カメラで盗撮したという特殊な犯罪で、社会的関心は高い。逮捕から1年半程度しか経過しておらず、公共の利害に関する事実」であるとの判断も、あながち不当なものとまでは言えないと思います。