発信者情報開示請求仮処分における意義


弁護士の最所です。

今回の民事訴訟法改正によって、民事訴訟法3条の3第5号が新設されたことの意義につきまして、補足説明をさせて頂きます。

国際裁判管轄のルールを示した判例に、マレーシア航空事件判決(最判昭和56年10月16日民集35巻7号1224頁)があります。

この判例は、「被告が外国に本店を有する外国法人である場合はその法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である」としつつ、例外として、「被告がわが国となんらかの法的関連を有する事件については、被告の国籍、所在のいかんを問わず、その者をわが国の裁判権に服させるのを相当とする場合のあることをも否定し難い」とし、「例外的扱いの範囲については、この点に関する国際裁判管轄を直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがつて決定するのが相当」と示した上で、「民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適う」と判示しています。

そして、日本における国内管轄の点については、「Eを日本における代表者と定め、東京都港区ab丁目c番d号に営業所を有する」として、民事訴訟法4条5項によって、国内管轄を認め、日本の裁判権を認めました。

この判例では、日本において裁判ができるか否かについて「条理にしたがつて決定するのが相当」としています。条理によって判断するということは、その基準自体が、不明確であるということになります。

基準が不明確であるということは、そもそも日本の裁判権が及ぶか否か、仮に及ぶとした場合でも、当該裁判所に国内管轄を認めて良いかという点での審理に相当の時間がかかることになります。また、「条理にしたがって決定」するということになると、明確な基準が判例上確立されない限り、個々の裁判官によって判断が異なる可能性もあります。

このことは、時間との闘いである仮処分命令の申立において、顕著な影響が生じることになります。

特に発信者情報開示の仮処分の場合、仮処分命令が発令されたとしても、開示される情報は、原則としてIPアドレスとタイムスタンプに限定されますので、判明した経由プロバイダ(侵害者が契約しているプロバイダ)に対して、少なくとも、ログの保存を求める必要があります。

経由プロバイダのログの保存期間内に仮処分命令の発令されなければ、発信者を特定することはできません。

今回の仮処分命令の申立から発令までに要した期間は約2ヶ月でした。そのうちの約1ヶ月間は、申立書の海外送付と債務者側の呼び出しの為に必要とされたものでしたので、新設された民事訴訟法の規定を利用し、条文上の形式的要件に該当することを立証することで、早期の発令が可能となりました。

今回の民事訴訟法改正における国会の議論でも、改正の目的として、①国際裁判管轄のルールの明確化、②当事者の予測可能性の向上、③国際的な民事紛争の適正かつ迅速な解決への寄与、といったことがあげられています。

改正によって、国際裁判管轄のルールが明確化され(①)、裁判所の迅速な判断を求めることができるようになりました(③)。このことは、日本国内向けのサービスを行い、日本国内で莫大な利益を上げている企業に対して、迅速な責任追及の手法が確立されたことを意味します。

今回の経緯を踏まえ、違法な行為を放置していれば、日本国内でも責任を問われる可能性があるということを十分に「予測」(②)した上で、企業として期待される適切な管理運営を行って頂きたいと思います。