プロバイダ責任制限法に対する総務省の考え方


弁護士の最所です。

某先生が、

総務省は、そもそもプロバイダ責任制限法は、誹謗中傷を行った人物を特定する為の法律ではなく、彼らが是とする「通信の秘密」を守る為の法律だとしか考えていないはずだと仰っていました。

確かに、私もそうだと思います。

そもそも、総務省は、

『 発信者の情報を開示することは、「通信の秘密」を侵害することになるので、開示してはならない。開示することは、原則として、通信事業者に課された通信の秘密侵害罪(電気通信事業法4条、179条:2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)を構成すると考えるべきだ。

また、ログの保存は、「通信の秘密」とは相容れないので、必要以上にログは保存すべきでない。プロバイダの責任については、「通信の秘密」を守る観点から行動するのであれば、免責してあげても良い。』

そして、発信者情報の開示を定めるプロバイダ責任制限法4条1項については、

『 厳格な要件を満たすのであれば、その限度において、「通信の秘密」を守る義務から免責しても良い。ただし、「通信の秘密」の免責を安易に認める訳にはいかないので、「通信の秘密」からの免責は、裁判所の命令がある場合等、極めて限定された場合のみに限られなければならない。

そもそも、プロバイダ責任制限法は「通信の秘密」を守る為の法律なので、発信者を特定することを目的とはしていない。

だから、開示してもよい情報は、通信事情を営む上で、必要な情報として、たまたま保有していた情報についてのみであって、その情報では発信者が特定できないと言われても、法律自体、発信者を特定するための法律ではないので、プロバイダ責任制限法が関知すべきものではない。

そもそも、発信者を特定することは「通信の秘密」とは相容れないし、通信事業を営む上で必要でない情報についてまで、収集することは、それこそ、「通信の秘密」に反することになるので、プロバイダ責任制限法の目的からしても、収集してはならない。』

という発想をしているのだろうと思っています。

だからこそ、誹謗中傷を受けた被害者の代理人として、プロバイダに対して開示請求訴訟を多く手がける弁護士が、開示される情報では、発信者の特定に至らないと10年近く主張しているにも拘わらず、総務省は、プロバイダ責任制限法にはなんら問題がないとして、見直そうともしなかったのでしょう。

実際に、発信者情報の開示について定めるプロバイダ責任制限法第4条1項をみると、

「・・当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。」

となっています。

もちろん、保有していなければ開示は出来ないでしょうから、条文上「保有する」と書かれていること自体、不自然ではないのですが、もし、発信者の特定を可能にする為の法律であったとするならば、第4条1項は、

「・・当該開示関係役務提供者が保有する発信者の特定に資する情報の開示を請求することができる。なお、開示関係役務提供者は、氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報として、総務省令で定めるものについては、当該通信がなされたときから、○月間保存しなければならない。

として、保存すべき特定の情報について列挙した上で(限定列挙)、保存義務を課していたはずです(保存されていなければ、そもそも特定には至りませんので。)。

ところが、プロバイダ責任制限法では、プロバイダに対して保存義務は課されていませんし、それどころか、総務省は、省令で記載された情報を限定列挙だとし、省令で記載された以外の情報については開示すべきではないとしています

そもそも、総務省が、特定を可能にするための法律と考えているのであれば、プロバイダが保有している情報のうち、それが発信者の特定に繋がるものであれば、あえて開示すべき情報を限定する必要はないはずですが、そんな発想は微塵もありません。

ようするに、総務省は、誹謗中傷を受けている被害者がどうなろうが、そんなことよりも、自らが守らなければならない「通信の秘密」が守られることの方が重要だと考えて、事業者を監督しているわけです。

プロバイダ責任制限法の問題について、長年にわたって指摘されている壇俊光弁護士は、総務省の体質について、『通信の秘密教団』だと評価されています。

私も、本来、国民の権利利益を保護することが目的とならなければならないのに、その手段に過ぎない「通信の秘密」を守ること自体が目的となっている総務省の体質は、『通信の秘密教団』、そのものだと思っています。

ところが、『通信の秘密教団』も、無関係の人の「通信の秘密」が侵害されることとなるブロッキングの時には、手の平を返すように、権利侵害を防止する必要があるなど言っていました。

そもそも、プロバイダ責任制限法が実効性のあるものであれば、無関係の第三者の「通信の秘密」を侵害することとなるブロッキングなどする必要は全くなかったのです。

真に「通信の秘密」を守ろうというのであれば、速やかにプロバイダ責任制限法を改正すべきであったにも拘わらず、プロバイダ責任制限法の問題点については、ほとんど触れられることはありませんでした。

そのような総務省の対応を見ていると、彼らが守りたいのは、本当は、「通信の秘密」なんかではなくて、自己保身、省益なのではなかったのかと、思わずにはいられません。

プロバイダ責任制限法で、権利侵害を現実に行ったものを特定するために必要な情報を開示できるように法改正を行うこと、無関係の第三者の「通信の秘密」を侵害することとなるブロッキングを行うことを比較した場合、ブロッキングの方が権利侵害の程度が低いなどと本気で考えている総務省の人はいないはずです。

総務省は、「通信の秘密」が保障された本来の目的に立ち返って、被害者救済の為に必要な法改正に全力で臨んで頂きたいと思っています。