権利侵害が明白でも、発信者を特定できないという現実


弁護士の最所です。

自由民主党の平井卓也議員が、YouTubeで、「インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策PT」の提言の内容について、ご説明されておられましたので、私の率直な感想を述べさせて頂きます。

インターネット誹謗中傷・人権侵害等の対策PT_20200610

インターネット上の誹謗中傷の問題に、議員の皆様が真剣に取り組んで頂いていることに対して、被害者の立場から誹謗中傷の問題に取り組んでいる弁護士の立場として、心から感謝致します。

ただ、今後、最終的な提言内容がどのようなものとなって、その後、必要な見直しがなされていくのかについては、しっかりと注視していかなければならないと思っています。

とはいえ、議論して頂くにしても、現状の最大の問題がどこにあるのかについては、議員の皆様にも、適切にご理解頂く必要があります。

現状の最大の問題は、なによりもまず、

 現状では、いかに権利侵害が明確であったとしても(裁判所が、権利侵害が明らかであると判断したとしても)、発信者が特定できない場合がある

という点です。

 まずは、法律上の問題。

プロバイダ責任制限法第4条1項では、開示の対象が「当該権利の侵害に係る発信者情報」とされています。この部分を厳格に解釈すると、権利侵害がなされた時の発信者情報、具体的には、名誉毀損表現やプライバシー権侵害に関する情報を投稿した際のIPアドレス、タイムスタンプのみしか開示の対象にはならないことになります。

投稿した際のIPアドレスやタイムスタンプを保有していれば良いのですが、海外のSNS事業者は、そもそも、それらの情報を取得していませんので(保有しているのはログインした際のIPアドレス、タイムスタンプです。)、法律を厳格に解釈すると、発信者の特定は不可能となります。

また、プロバイダによっては、自らが「当該開示関係役務提供者」に該当しない、具体的には、自らは、名誉毀損表現やプライバシー権侵害に関する情報を投稿した際に利用されたプロバイダではないと主張してくることもあります。

これが、いわゆる「ログインIP」の問題です。

法律が厳格に解釈されると、その投稿が名誉毀損表現やプライバシー権侵害であることが明白であると裁判所が判断したとしても、法律上開示が否定されることになります。

ログインするためには、ID、パスワードが必要ですから、常識的に考えれば、ログインした者=発信者と考えても、問題はないはずですが、この点については、プロバイダ側は、徹底的に争ってきます。

 そして、次は、物理的な問題。

 現在、IPアドレスは絶対的に不足しています。そのため、特に携帯電話等の通信事業者は、同一のIPアドレスを極めて短時間毎に細かく割り当てるという方法をとっています。そのため、投稿日時が判明したとしても、秒単位での時間幅では、投稿者を1人に特定することができないとして、それだけでは開示が拒否されます。そのため、投稿者を特定する為に、別途、接続先URL等が必要となるのですが、これにも様々な問題があり、物理的に特定が不可能なケースが現実には存在しています

 ようするに、

 権利侵害が明白であった場合に、発信者を特定できない。

 この問題を、まずは解決しないと、いくら開示しやすくするとか、刑事罰を重くするといった点について議論されても、あまり実効性はありません。

 電話番号の点もそうです。電話番号の開示が認められれば、1回の手続で発信者を特定することができるようになりますが、多くの場合、外国法人に対する通常訴訟を起こす必要があります。通常訴訟の場合、送達の問題が絡んできますので、この問題を抜本的に解決するためには、民事訴訟法の改正が必要です。仮に、仮処分命令申立手続を利用する形で、開示が認められれば良いのですが、保全の必要性が認められないとして、たとえ、電話番号が開示対象となったとしても、仮処分命令手続では開示されることはないでしょう。

 結局のところ、最低限、権利侵害が行われた際には、事後的に投稿者を特定して責任を追及できるようにしなければなりません。そのためには、ある程度の期間、記録を保管する義務を、権利侵害が行われる可能性がある事業を営む以上、プロバイダには社会的責任として負って頂く必要があります(平井卓也議員は、「3ヶ月の保存ということになっていた」と仰っていましたが、そもそも、保存義務は全く課されていません。現在、携帯電話事業者が3ヶ月分しか保存していないという現実があるだけです。)。そのためのコストは、インターネットを利用する者が等しく負担する必要があると思います。

 そして、また、本来手段であるはずの「通信の秘密」を絶対的なものと考える総務省の体質、これを変える必要があります。ここが変わらないと、技術やプロバイダ責任制限法の法律に必ずしも詳しくない議員の方々が、総務省の戦略にはまって改革を骨抜きにされるだけです。

 そもそも、

 権利侵害が明白であった場合に、発信者を特定できない。

 この現実を、議員の方は、本当にご理解されているでしょうか。単に難しいとかそういうレベルで勘違いされていないでしょうか。

 そういうレベルではありません。

 例えば、発信者を特定する為には記録が必要ですが、総務省がなんと言っているかというと、

 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(解説)

 「本請求権は、先にも述べたとおり、現にプロバイダ等が保有している発信者情報について開示の対象とするものであって、プロバイダ等に対して発信者情報等の保存を義務づけるものではない。むしろ、情報の適正な管理の観点からは、発信者情報のような個人情報については、プロバイダ等にとって保存の必要がない場合には、速やかに削除すべきものと考えられる」(34頁)

「総務省の「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」(平成 29 年総務省告示第 152 号)では、通信の秘密に係るもの以外の個人データについては「電気通信事業者は、個人データ(通信の秘密に係るものを除く。以下この条において同じ。)を取り扱うに当たっては、利用目的に必要な範囲で保存期間を定め、当該保存期間経過後又は利用する必要がなくなった後は、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならない。」(第 10 条第1項)と規定する一方、通信の秘密に係る個人情報については、「電気通信事業者は、利用者の同意がある場合その他の違法性阻却事由がある場合を除いては、通信の秘密に係る個人情報を保存してはならず、保存が許される場合であっても利用目的達成後においては、その個人情報を速やかに消去しなければならない。」(第 10 条第2項)と規定。また、通信履歴の記録については、「電気通信事業者は、通信履歴(利用者が電気通信を利用した日時、当該電気通信の相手方その他の利用者の電気通信に係る情報であって当該電気通信の内容以外のものをいう。以下同じ。)については、課金、料金請求、苦情対応、不正利用の防止その他の業務の遂行上必要な場合に限り、記録することができる。」(第 32 条第1項)と規定」(35頁脚注)

として、「発信者情報のような個人情報」は「速やかに削除すべき」、「通信の秘密に係る個人情報を保存してはならず、保存が許される場合であっても利用目的達成後においては、その個人情報を速やかに消去しなければならない。」、「通信履歴」については、「業務の遂行上必要な場合に限り、記録することができる」と言っています。

総務省は、原則保存するな、業務上の必要がある場合のみ保存してもよいが、目的を達成した後は、速やかに消去しろ、このように言っているのです。

そして、総務省から監督される立場にある通信事業者も、総務省の意向を忖度して、通信ログを調査・確認すること自体についても、憲法21条1項が保障する表現の自由、憲法21条2項及び電気通信事業4条1項によって保障される通信の秘密に対する侵害だとして、極めて消極的な態度を示しています。

総務省が、そもそも通信記録は保存するな、速やかに消去せよといい、その意を受けた事業者も調査確認すること自体が通信の秘密を害するからやるべきではないと考えている現状を変えなければ、被害者救済など、図ることは不可能です。