弁護士の最所です。
「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が開催され、総務省が、情報開示のあり方についての見直しを検討してくれるようです。
「ネット中傷の投稿者の情報開示 総務省が見直し検討」(NHK)
総務省事務局作成の資料には、検討課題(案)として、
① 現行の省令に定められている発信者情報開示の対象のみでは、発信者を特定することが技術的に困難な場面が増加。 ② 権利侵害が明白と思われる場合であっても、発信者情報が裁判外で(任意に)開示されないケースが多い。 ③ 裁判外で開示がなされない場合、発信者の特定のための裁判手続に時間・コストがかかり(特に海外プロバイダを相手として訴訟提起する場合は、訴状の送達手続に多くの時間を要している。)、救済を求める被害者にとって負担。
の3点が挙げられています。
この問題は、かねてより、インターネットの問題に取り組む弁護士たちが、幾度となく主張し続けていたものです。その意味では、今まで頑な対応をとり続けていた総務省が正面から検討課題としてあげてくれたことに、敬意を表したいと思います(勝手な想像ですが、非常に理解のある方が、ようやく担当になられたのだろうと思っています。)。
被害者の権利救済を図るためには、先日の会議で清水陽平弁護士がご説明されている解決案に記載されているように、海外法人を相手とすることから、民事訴訟法及び民事保全法を含む法令の抜本的な解決も必要でしょう。
とはいえ、さすがに、民事訴訟法や民事保全法の改正を直ちに行うということは困難ですから、まずは、現状のプロバイダ責任制限法上の問題点だけでも十分に検討して頂きたいと思っています。
現状のプロバイダ責任制限法では、
① ログインIP及びタイムスタンプの開示が正面から認められていない。 ② 省令記載の情報だけでは開示に至らないことがある。 ③ SMSの開示が正面から認められていない。
という状況があります。
これらの情報の開示が認められないと、仮に、裁判所が、権利侵害が明白であると認めてくれた場合であっても(そもそも裁判上の手続を利用すること自体に時間・コストがかかるにも関わらず)、投稿者の特定に至らない場合がありますので、是非とも、早急に見直しを行って頂きたいと思っています。
ところで、総務省が検討課題(案)としてあげている、任意開示されないとの問題についてですが、これは、そもそも、プロバイダが投稿者の情報を開示すること自体がリスクとなっているのですから、ある種、当然のことです。
この点、発信者情報の開示について定めるプロバイダ責任制限法第4条4項は、
「開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。」と規定しています。
この規定は、プロバイダが開示請求に応じなかったことによって損害が発生したとしても、故意・重過失がない限り免責されるというものです。プロバイダは、開示した場合と開示しなかった場合を比較すると、後者の方が、リスクが低い訳ですから、あえてリスクをとってまで、開示するはずはありません。
総務省自身、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律に関する解説」の41頁において、「発信者情報は、一旦開示されてしまうとその原状回復は不可能であることから、開示関係役務提供者が裁判外の請求を受けて即時の対応を求められた場合においては、短絡的な判断をすることのないよう、厳に本条第2項に規定する義務等を遵守し、発信者の利益擁護や手続保障に十分意を尽くすことが求められる。こうした法の要請に応える結果として、開示関係役務提供者が判断に慎重となり、開示に応じなかった行為については、仮にその判断が誤っていたことが事後的に明らかとなった場合であっても、それにより生じた損害賠償の責任を一般則に従ってこれらの者に帰することとするのは酷に失すると言うべきである。」「なお、開示請求を認容する確定判決があった以降、これに従わず開示に応じない行為については、一律故意又は重過失が認められるため、本条による免責の対象とはなり得ない。」と説明しています。
これを見る限り、総務省自身が、いわば「任意の開示に応じるな」と言っているのに等しい訳ですから、プロバイダが任意に開示するはずもありません。
むしろ、被害者救済を図る観点からは、開示した場合にこそ、免責規定を入れるべきでしょう。
この点、プロバイダ責任制限法が制定された際の参議院総務委員会の議事録(平成13年11月6日付参議院総務委員会議事録)には、プロバイダ責任制限法の規定を前提とすると、インターネットを利用した情報流通により被害を受けた者の救済が進まないのではないかとする意見が記載されています。
そして、この意見に対して、当時の政務官は、「判例がある程度集積され、いかなる場合に発信者情報開示請求権の要件を満たすかが判例上明確になれば、裁判外で迅速に開示がなされる場合が増えるものと想定はいたしております。」(上記議事録5頁参照)と回答しています。
要するに、法律制定当時には、事例の積み重ねによって、自ずから、どのような場合であれば、発信者情報開示請求権の要件を満たすかが明らかになるだろう、そうなれば、裁判を利用しなくても、任意に開示がなされるだろうと考えていたことが窺えます。
しかしながら、プロバイダ責任制限法が制定されてからすでに20年近くが経過しようとしていますが、いかなる場合に権利侵害が明白といえるかということについては全く明らかとはなりませんでした。むしろ、いかなる情報の開示が認められないのかについてだけが、明らかになったのかもしれません。
この点、平成30年2月に改訂された「プロバイダ責任制限法発信者情報開示関係ガイドライン(第5版)」には、「現時点において権利侵害の明白性が認められる場合についての一般的な基準を設けることは難しい。」「発信者情報の開示を認めた裁判例等を参考にして、権利侵害の明白性の判断を行い、判断に疑義がある場合においては、裁判所の判断に基づき開示を行うことを原則とする。」(同ガイドライン12頁)と記載されています。
そもそも、プロバイダ自身が、どのような場合に、発信者情報の開示をして良いかについて判断すること自体、困難な状況に置かれている訳ですから、プロバイダが、情報を開示したことによって、投稿者に対する損害賠償責任を避ける為に、発信者情報の開示に消極的となるのは当然のことでしょう(そもそも、開示した場合の免責規定が置かれていない。)。
また、指針となるべきガイドライン自身が、「裁判所の判断に基づき開示を行うことを原則」といっているのですから、プロバイダが任意に開示することを期待することには、そもそも無理があります。
結果として、現状では、まさに、法律制定時において、参議院総務委員会で懸念されていた、インターネット上で広範に被害を受け続けている被害者の救済が遅れる事態を招いているのです。
今回、総務省が、情報開示のあり方についての見直しを検討してくれることになりました。総務省には、立法当時においても懸念されていた、インターネット上で広範に被害を受け続けている被害者の救済が遅れる事態が回避されるよう真摯な検討を行って頂きたいと思っています。