通信事業者によるサイトブロッキング


 弁護士の最所です。

 この件については、すでに多くの専門家の方が説明されていますので、私は、通信事業者が特定サイトへのブロッキングを行った場合に負うべき責任について、考えてみたいと思います。

 特定サイトへのブロッキングが、電気通信事業法4条1項の「通信の秘密」を侵害する行為にあたるという点については、特に争いはないかと思います。

 そのため、通信事業者が、特定サイトへのブロッキングを行った場合、電気通信事業法4条1項に違反することになりますので、電気通信事業法179条2項によって、3年以下の懲役又は200万円以下の罰金が課されることになります。

 その意味では、今回、NTTグループがサイトブロッキングを行うと発表しましたが、これは、通信事業者が自ら電気通信事業法に違反する行為を行いますと宣言したともとれます。

 では、NTTグループが、宣言通りにサイトブロッキングを行った場合、刑事責任を負うでしょうか。

 サイトブロッキングが「通信の秘密」を侵害する行為に該当する以上、犯罪の構成要件を満たすことは明らかですし、自らの行為の意味も理解している以上、故意も認められるでしょう。

 その意味では、刑事責任を負わないとする理由はありません。

 しかしながら、政府は、「緊急避難」という用語を使用しています。

 緊急避難とは、刑法における違法性阻却事由の一つで、これが認められる場合には、犯罪に該当するように見える行為であっても、その行為が正当化され、違法なものとは見なされなくなることから、犯罪の成立が否定されるというものです。

 では、今回の事案で、政府の言うような「緊急避難」が認められるでしょうか。

 現実に、緊急避難(刑法37条)に該当するかどうかについては、具体的な事案に応じて裁判所が判断しますので、実際に緊急避難に該当するかどうかを判断する権限は裁判所にあります。そもそも、具体的な事案において、「緊急避難」に該当するのか否かについて、政府は、本来的に判断する立場にはありませんし、裁判所の判断に不当な影響を及ぼす形で判断するとすれば、その場合は、三権分立に反するともいえます。

 今回の事案に関していえば、過去の裁判例からすると、まず、認められることはないと思われますし、今回の状況で、認められると断言できる弁護士は、さすがにいないと思います。 

 そうすると、NTTグループは、政府の「要請」に従ったがゆえに、刑事上の責任を負わされてしまうことにもなりかねませんが、明確な立法がない中で、あえて「自主的」に、自らのリスクで行ったのですから、仮にそうなったとしても、やむを得ないというべきでしょう。

 今回の政府の対応は、とても法治国家とは思えないような姑息な手段を使っています。

 そもそも、政府は、「緊急避難(刑法37条)の要件を満たす場合には、違法性が阻却される」としか言っていません。

 刑法上の緊急避難に該当すれば、違法性が阻却されるのは当然です。要するに、政府は、当たり前の一般論を言っているだけなのです。

 実際に緊急避難に該当するかどうかは、裁判所の判断次第ですので、政府がどのような見解を示したとしても、その見解が裁判所を拘束するものではありません。

 政府は、刑法上の一般論を述べた上で、「民間事業者による自主的な取組として」「ブロッキングを行うのが適当」と言っています。

 これは、かなり乱暴な話で、言うなれば「刑法には、緊急避難が認められていて、これに該当する場合には免責されるのだから、民間事業者の自主的な判断で、サイトのブロックをしたら良いと思うよ。政府としては、一応、緊急避難に該当するとは思うけどね。まぁ、政府が言っているのだから、検察も起訴はしないんじゃないかなぁ。」というようなレベルの話です。

 このような責任を民間事業者に押しつけるような発言は極めて無責任です。

 本来であれば、政府のこのような独り言は無視すれば良いのですが、NTTグループの対応を見ていると、許認可権を握っている政府の意向を「忖度」しなければ、どのような仕打ちを受けるのか、そのような配慮が働いているようにしか思えません。

 少なくとも、民間事業者が事後的に刑罰を受ける可能性がある状況において、なんらの手立てをすることもなく、「ブロッキングを行うことが適当と考えられる。」いうこと自体、法治国家として、いかがなものかと思います。

 政府の対応からすると、裁判所に対しても、「忖度」を求めているのではないかとすら思いたくもなります。

 現在の状況は、少なくとも、立法を待っていたのでは回復が困難な状況にあるとはいえませんし、いずれにしても、立法に基づかずに、犯罪に該当する行為を、民間企業に対して、時の政府の意向を「忖度」するよう求めることは、決して正当化できるものではないと思います。