弁護士の最所です。
毎日新聞に「精神的損害の賠償見直し検討 ネット中傷に「低額」批判 法務省」との記事が掲載されています。
慰謝料が低すぎるということは、これまでにも幾度となく指摘されてきましたが、今回は、民法改正の諮問にまで踏み込むようです。
ネット上の誹謗中傷に対して、被害を受けた側の代理人として多くの事件を扱ってきた立場から申し上げると、ようやく、という思いが率直なところです。
「数十万円」の慰謝料で、被害者は救済されるのか!?
記事には、「SNSを含むネット中傷の場合、名誉毀損といった人格権の侵害が問題となり、数十万円の賠償にとどまる傾向がある。」と書かれていますが、これは、誇張でも何でもありません。
法務省が、今年4月に公表した「インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書」(令和8年4月)では、インターネット上の名誉権侵害等の事案の慰謝料は、平均値で47万円、中央値で30万円とされています(20頁)。マスメディアによる名誉毀損の平均値が161万円であることと比べると(20頁)、約3分の1です。名誉感情侵害(侮辱)のみの事案に至っては、平均で21万6000円、中央値は12万5000円です(24頁)。
私は、受任する際には、裁判所が認めるであろう慰謝料の金額を、必ず伝えるようしています。
「これだけ苦しんで、時間と費用をかけても、それだけなのですか!?」
被害者の方は、仕事を失い、人間関係を失い、夜も眠れない日々を過ごされています。
しかしながら、裁判所が慰謝料として、認めるのは「数十万円」です。
それが、偽らざる現実です。
これで、救済されたと感じる被害者が、一体どれだけいるというのでしょうか。
司法研修所が「500万円」と言っても、裁判所は変わらなかった!?
名誉毀損の慰謝料が低すぎるという議論は、今に始まったことではありません。
従来、慰謝料としては、認められても、せいぜい100万円、というのが多くの裁判例の傾向でした。
そのような現状に対して、平成13年(2001年)に司法研修所で開催された損害賠償実務研究会の結果要旨として、死亡慰謝料や労働者の平均年収と比較して、「500万円程度を平均基準額とすることも一つの考え方であり、実務的にも参考になる」との見解が示されました(司法研修所「損害賠償請求訴訟における損害額の算定」判例タイムズ1070号8頁。)。
この研究会には、現職の裁判官も参加していましたが、その裁判官自身が参加する研究会が、名誉毀損の慰謝料は低すぎると言ったのです。
では、その後、裁判所の判断は変わったのか。
松尾剛行先生は、そのご著書(松尾剛行=山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務〔第2版〕』(勁草書房、2019年))の中で、「約20年の月日を経て、500万円は「一般的な平均基準額」にはならなかったと評することができる。」と述べられています(同書362頁)。
実際に、同書では、インターネット上の名誉毀損の慰謝料の中央値は、2016年から2018年で50万円(同頁)と記載されていますし、先ほどの法務省の調査報告書でも、令和4年・5年の事案で、インターネット上の事案の中央値は30万円と記載されていますので、まさに、松尾先生が仰る通り、500万円が「一般的な平均基準額」とはならなかったことは、明らかです。
私の感覚としても、慰謝料金額は、少なくとも、上がってはいませんし、むしろ、下がっているように感じています。
要するに、慰謝料については、何度議論されても、また、裁判官が参加する研究会で「低すぎる」と言われても、裁判所の判断は、全く変わらなかった、これが、現実です。
「目に見えない損害」は、安くてよいのか!?
なぜ、このようなことになるのでしょうか。
日本の裁判所は、目に見える形ではない損害を、非常に低く見積もる傾向があります。
例えば、交通事故であれば、治療費や休業損害、後遺障害の等級といった、目に見える「物差し」があります。
ところが、名誉毀損の場合、売上げが落ちた、取引先を失った、といった実損害を主張したとしても、「売上は、多様な要因によって上下する」などとして、因果関係自体を否定されてしまうのがほとんどです。
この点について、上記松尾先生のご著書でも、実損を認定する事案は少なく、主張が否定された例が大多数であると指摘されています(368頁)。
実損害は、因果関係がないとして、認められない。
精神的損害は、目に見えないので低く見積もられる。
その結果、認められる慰謝料は、せいぜい「数十万円」。
前回のブログでも書きましたが、裁判官は、他人事のように「表現の自由」を理想論として語ってきました。
慰謝料の金額についても、同様です。
自分が、ある日突然、ネット上で「犯罪者」呼ばわりされ、それが何年も検索結果に残り続けたとして、それが「30万円」で償われると、本当に思えるのでしょうか。
発信者を特定する費用は、誰が負担すべきか!?
慰謝料の低さと並んで、問題なのは、発信者の特定に要する費用の点です。
ネット上の誹謗中傷の多くは、匿名で行われます。
被害を受けた人は、損害賠償を請求しようにも、まず、投稿者が誰なのかを特定しなければなりません。
そのためには、まず、コンテンツプロバイダ(掲示板の管理者やSNSの運営会社)に対して、発信者情報の開示命令の申立を行う必要があります。
コンテンツプロバイダが、携帯電話番号やメールアドレス等の情報を保持している場合であれば、開示命令の申立で足りますが、それらを有していない場合には、結局、IPアドレス、タイムスタンプの開示を求めて、仮処分命令の申立を行う必要があります。
提供命令の制度はありますが、提供命令に応じない、応じたとしても、相当の時間を要するケースがあることから、IPアドレスルートからの特定を行う為には、仮処分命令申立についても検討する必要があります。
IPアドレス等の開示を求め、次に、そのIPアドレスから経由プロバイダ(携帯電話会社やインターネット接続業者)を割り出し、さらに、その経由プロバイダに対して、契約者の氏名・住所の開示を求める、という手続を踏まなければなりません。
これを、法律の専門家ではない一般の方が、すべて自力で行うことは、事実上不可能です。
そうなると、当然、弁護士費用がかかります。
概ね、対応する内容にもなりますが、裁判上の対応を行う以上、少なくとも、数十万円、行う手続によっては、百万円を超える費用が必要になります。
ところが、裁判所が、この「特定に要した費用」(いわゆる調査費用)について、損害として認めたケースはありますが、全額が認められるケースは、それほど多くありません。
上記松尾先生のご著書の中でも、調査費用の全額を認めた裁判例がある一方で、慰謝料の金額との「見合い」で調査費用を減額する裁判例があることを紹介されています(同書371~373頁)。
例えば、慰謝料50万円の事件で、発信者情報の開示手続に52万5000円を支出したにもかかわらず、相当因果関係のある損害は10万円とされたもの(東京地判平成28年8月5日)、慰謝料30万円の事件で、調査費用のうち慰謝料の2割に相当する6万円のみが認められたもの(東京地判平成28年12月26日)などが例として紹介されています。
同書は、これらの裁判例から、「実際の調査費用がいくらであろうと、そのうち認容した慰謝料の数十パーセントのみを相当と認めよう、という傾向を見て取ることができる。」と指摘し、その背景について、裁判官は「事件の筋やスワリを重視しているのだと思われる」と分析しています(同書373頁)。
要するに、慰謝料が30万円しか認められない事件で、調査費用を50万円も認めるのは「座りが悪い」という発想です。
しかし、これは、完全に本末転倒な考え方であると言わざるをえません。
慰謝料を低く抑えておきながら、その低い慰謝料を基準に、調査費用まで削る。
被害者からすれば、二重に切り捨てられているのと同じです。
最近でも、大阪高裁令和7年7月25日判決(D1-Law.com判例体系〔28340437〕)は、グーグルマップの口コミ欄に歯科医院の名誉・信用を毀損する投稿がされた事案で、投稿者を特定するために3件の仮処分を経て、裁判費用及び弁護士費用として55万円を支払ったことを認めながら、グーグルマップの口コミ欄の投稿に対する一般的な認識や、権利侵害の程度が限定的であることを理由に、その「半分に相当する額」のみを相当因果関係のある損害としました。しかも、訴訟の弁護士費用については、「1割は低額すぎるとする控訴人らの主張は独自の見解に基づくもの」として、一蹴しています。
投稿者は、治療に対する不満から、体験した事実に基づかないことや、歯学的根拠がないことを認識しながら投稿したと認定されているにもかかわらず、です。
被害者側の主張に理解を示す裁判例もある!?
もっとも、裁判所が、全て被害者に冷たいというわけではありません。
東京高裁令和2年1月23日判決(判例タイムズ1490号109頁)は、「インターネット上の電子掲示板に掲載された匿名の投稿によって名誉等を毀損された者としては、発信者情報の開示を得なければ、名誉等毀損の加害者を特定して損害賠償等の請求をすることができないのであるから、発信者情報開示請求訴訟の弁護士報酬は、その加害者に対して民事上の損害賠償請求をするために必要不可欠の費用であり、通常の損害賠償請求訴訟の弁護士費用とは異なり、特段の事情のない限り、その全額を名誉等毀損の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。」と判示しました。
加害者側は、慰謝料額以上の弁護士費用を認めるのは相当でないと主張しましたが、裁判所は、これを退けています。
また、東京高裁令和3年5月26日判決(D1-Law.com判例体系〔28292691〕)は、過去に強姦で逮捕されたなどの虚偽の事実を電子掲示板に投稿された事案で、第一審が調査費用88万5600円のうち3万円しか認めなかったのに対し、その全額を損害と認めました。
同判決は、匿名の投稿者を特定するためには「数段階の手続を経る必要があるところ、法律問題に詳しいわけではない通常の一般人が、このような手続の内容等を認識しているとは考え難い」とし、専門的知識を有する弁護士に委任するのは「至極当然であり、かつ、また、やむを得ないもの」であるとして、投稿者を特定するための費用は、損害賠償請求をするために「不可避的に生じた費用」であると判断しています。
なお、この事件で認められた慰謝料は30万円です。調査費用は、慰謝料の約3倍ですが、裁判所は、慰謝料との「見合い」など問題にしていません。
これこそが、あるべき判断だと思います。
その他にも、慰謝料50万円に対して調査費用51万8700円の全額を認めたもの(東京地判平成26年7月17日)、慰謝料30万円に対して調査費用27万5988円の全額を認めたもの(東京地判平成28年9月21日)などがあります(前掲・松尾=山田371~372頁)。
ただ、問題は、このような判断が、裁判体によって、まちまちだということです。
同じような事件でも、ある裁判官に当たれば全額が認められ、別の裁判官に当たれば半額や2割になる。被害者からすれば、まさに、宝くじを引くようなものです。
特定費用を膨らませてきたのは誰か!?
なぜ、発信者の特定に、これほどの費用と時間がかかるのかのでしょうか。
その責任の一つは、総務省にあります。
以前のブログ(「権利侵害が明白でも、発信者を特定できない!?」)でも書きましたが、総務省は、長年にわたって、「通信の秘密」を盾に、プロバイダに対して、発信者情報や通信履歴は速やかに消去しろ、と言い続けてきました。ログが短期間で消えてしまうことから、被害者は、時間との闘いの中で、仮処分命令の申立を行うことが強制されてきました。
その結果として、特定のための費用が膨れ上がってきたのです。
自らが唱える「通信の秘密」という原理を維持したいが為に、被害者を放置してきた、この総務省の責任は、極めて重いと言わざるをえません。
もう一つは、グーグルやXといった、外国企業である巨大プラットフォーム事業者です。
これらの事業者は、裁判所の命令がなければ、原則として発信者情報を開示しません。
それどころか、命令があっても、その命令に直ちに従うこともなく、間接強制の申立をしなければ開示しないというような対応を続けてきました。
どれだけ権利侵害が明白な投稿であっても、です。
そのため、被害者は、裁判所の手続を経なければならず、しかも、相手が外国法人であるがゆえに、手続は一層煩雑になっていました。
これらの外国企業は、長らく日本で会社の登記すらしていませんでしたが、法務省が登記を求めて、ようやく登記したという経緯があります。
実際に、先ほどの大阪高裁の事件でも、グーグルマップでの口コミ1件の投稿者を特定するために、3件もの仮処分が必要とされたのです。
自分たちは場を提供しているだけだと言いながら、広告収入によって莫大な利益を上げ、被害者からの開示請求には、裁判所の命令がない限り(命令が出されても間接強制の申立がなされなれれば)、応じない。
その結果として生じる費用は、全て被害者に押し付けられている。
そして、裁判所は、その費用を、「見合い」を理由に削る。
加害者は、慰謝料として、数十万円を払えば済んでしまう。
プラットフォーム事業者は、何の負担もしない、総務省は、所詮他人事であるかのよな対応をする、最終的に、費用を負担させられているのは、被害者だけなのです。
これでは、被害を受けた人が「泣き寝入り」と感じてしまうことはやむを得ません。
立法で、何を明示すべきか!?
今回の研究会について、法務省は、「研究会が適正な金額そのものを示すことは想定していない」としています。
正直なところ、この一文を読んで、またか、という思いがしました。
これまでの裁判例を基に、考慮要素を明文化するというのですが、これまでの裁判例こそが、「数十万円」という結論を生み出してきたのです。これまでの裁判例を整理して明文化するだけでは、現状を追認するだけになりかねません。
私は、少なくとも、次の2点は、立法で明示すべきだと考えています。
第一に、発信者の特定に要した費用(発信者情報開示手続に要した弁護士費用及び裁判費用)については、不法行為と相当因果関係のある損害として、加害者に対して請求しうることを、法律上明示すべきです。
そして、その額は、慰謝料の額との「見合い」で決めるのではなく、特段の事情がない限り、実際に要した費用をもとに判断すべきだと思います。
先ほどの東京高裁令和2年判決、令和3年判決が示したとおり、匿名の加害者に損害賠償を請求するためには、特定の手続は「必要不可欠」であるとともに「不可避」な支出です。これ自体が、独立した損害であることが法令上、明確にされなければなりません。
第二に、慰謝料の算定にあたって、インターネット上の誹謗中傷に特有の事情、すなわち、情報の永続性・拡散性、検索によって何年にもわたって閲覧され続けること、投稿の執拗性、そして、被害者が特定のために多大な負担を強いられたこと自体を、増額事由として考慮すべきです。
司法研修所の研究会が「500万円」と言っても変わらなかったのですから、立法による手当がなければ、期待はできません。
最後に
今回、法務省が、民法改正の諮問にまで踏み込んだことは、評価すべきことだと思っています。1896年の民法制定以来、基本的に変わっていない規定を見直すというのですから、大きな一歩であることは間違いありません。
研究会には、ぜひ、被害者の現実を直視していただきたいと思います。
議論の場に、実際にネット上の誹謗中傷の被害者の代理人として、日々、プラットフォーム事業者と闘っている弁護士の声が、きちんと反映されることを強く望みます。

