ネット中傷に対する「規制」


 匿名で行われたインターネット上での誹謗中傷に対して、投稿を行った者を特定するために用いることができる唯一の法律が、プロバイダ責任制限法です。この法律は、法律の名称からしても明らかなように、あくまでも、プロバイダの責任を「制限」することを目的とした法律になります。

 では、なぜ、プロバイダの責任を「制限」する必要があるのでしょうか。

 プロバイダ(コンテンツプロバイダ)は、表現の場を提供する存在です。だからこそ、プラットフォーマー(場の提供者)と呼ばれています。

 プロバイダが提供した「場」において、人々が自由な意見を交換することができるのですが、そこで、もし、他人の権利を侵害する発言がなされた場合に、プロバイダが常に責任を負わなければならないとすれば、プロバイダとしては、少しでも危ないと思ったら直ちに削除するか、あるいは、その「場」を閉鎖しなければならなくなってしまいます。また、そのようなことがないように、自らが常に、表現を監視し続けなければならない責任を負わされてしまうことになります。

 このことは、例えば、プロバイダが検閲官となって、そこで行われた発言を常に監視し、少しでも危ない発言であると判断した場合には、直ちにその発言を止めさせ、あるいは、群衆を直ちに解散させなければならない義務を負わされているような状態をイメージすれば分かりやすいかも知れません。

 プロバイダの責任を「制限」することは、自由闊達な意見を交換する上でも、まさに、表現の自由を守る為にも必要なことなのです。

 今回、木村花さんがお亡くなりになるという重大な事態が生じてしまいました。ネット上での中傷は、繰り返し、執拗になされれば、たとえ、それ単独では名誉毀損表現や侮辱表現にあたらないものであったとしても、受ける側からすれば、平穏な生活が送れなくなってしまう程の影響を受けてしまいます。

 しかも、それを行っている人間が誰か分からない。そのような状況では、人混みの中を歩いても、周囲の人がみんな自分のことを批判している人であるように見えてしまう。インターネット上だけではなく、実生活においても、誰も信用できなくなってしまう。そんな生活を強いられることになるのです。

 インターネット上での誹謗中傷の問題は、極めて重大な問題です。

 私は、インターネット上で誹謗中傷を受けた被害者の方の代理人として、プロバイダに対する発信者情報開示請求を相当数行ってきました。その中で、プロバイダの主張や、表現の自由、通信の秘密といったキーワードを、マジックワードのごとく使用する裁判官の発言や判決内容に対して、心底、怒りを感じてきたのは事実です。一度は、本当に頭にきて、ぶん殴ってやろうかと思ったこともありますし、今の台詞、被害者に直接言えるのか、あなたの家族が同じ目にあったとしても同じ事言えるのかと、裁判官に対して、問い質そうとしたこともあります。

 しかしながら、今回の重大な結果を受け、プロバイダの責任を加重する方向に議論が進んでしまうことに対して、私は、懸念を有しております。

 プロバイダ責任制限法がプロバイダの責任を「制限」するという目的は正当です。しかしながら、プロバイダ責任制限法の内容には、極めて問題があります。

 現行のプロバイダ責任制限法は、開示の要件が極めて厳格に過ぎ、また、開示される情報についても極めて制限しすぎていて、名誉毀損表現であることが明白であったとしても、投稿を行った者を特定することができない場合が、多く存している為です。

 プロバイダ責任制限法の主な問題点は、

・ プロバイダが情報を開示した場合についての特別の免責規定が置かれていない。

・ 開示の対象となるのは、条文上、権利侵害情報を発信した際の情報に限定されている(少なくとも、条文上はそう読める。)。

・ 開示を請求する側で、違法性阻却事由の不存在について立証しなければならない(「悪魔の証明」が求められている)。

・ そもそも、開示された情報からでは、投稿者を特定することができない場合がある。

 にあります。

 そもそも、任意に開示した場合の免責規定が置かれていないから、プロバイダは、裁判外での開示に応じないし、裁判を経てようやく情報が開示されたとしても、その情報からは、投稿者を特定することができない、この点は、非常に問題です。

 私は、プロバイダ責任制限法の理念は間違ってはいないものの、その法律の見直しは急務であると考えています。

 もし、ここで、実効性ある見直しがなされなければ、プロバイダの責任を「制限」するのではなく、間違いなく、「規制」する方向に進んで行くと思います。

 ネット上での中傷行為を許すことはできません。しかしながら、中傷を許さないということと、プロバイダを「規制」することとは、全く異なる問題です。

 私は、プロバイダ責任制限法の速やかな見直しと、ネット中傷による被害の重大性を、個々の裁判官が自らの問題として、真摯に受け止めてもらうことを切に望んでいます。